2013年2月2日土曜日

photoyodobashi

ヨドバシカメラのオンライン 写真マガジン
「PHOTO YODOBASHI」

カメラの機材、レンズのレビューサイトなわけではあるが、
それが、なかなか素晴らしい。


一つの記事には、10枚程度の作例が載せられている。
それらがレビューにありがちな、「?」なポートレートだったり、ありきたりな小物撮影だったり、歪曲を確認するためのただのレンズの壁、そういう写真はない。
どれも、作品として完成している。
それでいて、そのレンズの性能がわかる作例が載せられている。
もちろん、シャッタースピード、絞り、ISOなどの写真の情報も載せられている。


スペックを並べるのではなく、数値では表せない諧調や質感を表現してくれる作例と共に、
「撮り手」目線のコメント。
そして、またそのコメントがどうも物欲をそそるのだ。
他の多くのサイトとは、どうも違う視点で、妙に説得力がある。


まったくノーマークだった機種の記事をみて、
ちょっと欲しくなってしまうこともしばしば。

機材、レンズのレビュー抜きにして、
写真をみるだけでも、撮り方の十分に勉強になる。




2013年1月28日月曜日

K-01 デザイン



「かっこいい」
「かわいい」
「ブサイク」

それらをすべて持ち合わせたデザインだとおもう。
「ブサイク」が、マーク・ニューソン氏の意図かどうかはわからないけど、(たぶん違うとおもうけれど)
その、崩れた感じがなんともいえない。

自分がそうであったように、このカメラの第一印象は
「!!!???」
だった。

「???」
じゃないところがミソである。

多くの人に良くも悪くも悪くも悪くも衝撃を与えたデザインではあるが、けっして奇抜なデザインではない。
カメラのデザインからすると、大きくスタンダードから外れたデザインではあるが、
機械としてのデザイン、モノとしてのデザインと考えると、実は意外にニュートラルなものかもしれない。
無駄がなく、必要最低限の要素でデザインされていて「ウザさ」がない。


質感もK-5系や、Qのようにマグボディでがっちりしていて、トップパネルのダイヤル類にはアルミ削りだしという凝りよう。
このトップパネルのデザインや質感を手にしてみると、あんなにすきだったK-5のデザインがすこし野暮ったく見えてしまう。
この価格帯のカメラにとって、ダイヤル類にコスト的にアルミを使うのはありえないことだが、ここはニューソン氏が譲らなかったという。

そのこだわりのおかげか、やはりこのカメラのトップパネルは質感、デザインにおいて他のカメラと一線を画している。いや三線ぐらい飛び越えている。
ついついひんやりとしたアルミのダイヤルを触って、にやにやしてしまう。



相変わらずのペンタックスびいきではあるが、これからすこしレビューしていきます。



2013年1月26日土曜日

スナップ

夜の撮り歩きしたいけど、不審者に疑われそうで怖いからしない。
車窓から撮るだけ。
それでも怖い。

K-5 DA17-70
SS 1/80s f/4.0 ISO:1600 

2013年1月24日木曜日

ボンサファ①


久々に買ってきたボンベイ・サファイア!
いつ見ても、この瓶のデザインは素晴らしい。。

ビーフィータ-やゴードンのように、ガツンと来るものは少なくて、とにかく繊細で華やかな香り。
カクテルで他材料と混ぜたら、消えてしまう。

このジンはストレートに限る。

ストレートで飲むときの、喉を通り、香りが鼻から抜ける感覚。
ウイスキーやブランデーのような濃厚な香りが残るのとは、少し違う。
すっきりとしているけど、たしかに存在して鼻と口のなかに留まるボタニカルの香り、清涼感。

そこはやはり「ドライ・ジン」なんだな、と思う。

これは香りが薄いわけではない。
非常に説明するのは難しいのだが、それぞれのボタニカルのバランスが、絶妙な位置で収まっている。
それぞれの個性は残しつつも、「中和」されたような、感覚を覚える。


47度と高めの度数ではあるけど、まったく重さがない。
スイスイ飲めちゃって、危険だ。

1400円程度でこんなにクオリティーの高いものを買えるジン飲みは幸せだな。

小戸公園

 今日は小戸公園に行ってきた。
夕方でも、まだ乗ってるもんだね。




ぞくぞくと帰ってくる。

帰ってきたヨット達が作り出す波のパターン



水面


水面撮るの楽し。



日没後









素晴らしいグラデーション



 満足した後の帰り道で気づいた水溜まり。


水面撮るときは、かなりローアングルから撮ることが多いので、ファインダー覗くのが難しい。
K-01が大活躍でした。


2013年1月23日水曜日

Qでスナップ




Qを買って、思う事がある。

それは、

「ただ撮りまくればいい」

ってこと。















光景を切り取ることが写真であるならば、
感動も何もない日常の写真を、
すぐに見返してみても、当然、何も感じない。

何ヵ月か、もしくは何年か、
はたまた、息子、孫・・・別の世代にその写真を見たときに、
いまとは違う、何かしらのモノを感じれるだろうか。